ペルセポリス

 

     
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ペルセポリス


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イランのペルセポリスは、現在では「タクテ・ジャムシード」と呼ばれており、レバノンのバールベク、ヨルダンのペトラ遺跡と共に、「中東の3大遺跡」と称えられています。
イラン・イスラム共和国の文化遺産であるベルセポリス(Persepolis)は、大帝国アケメネス朝ペルシアの王、ダレイオス1世によって築かれました。

アケメネス朝ペルシアは、紀元前330年、アレクサンダー大王が率いるマケドニア軍により滅ぼされ、ベルセポリスも焼き払われてしまいました。

イランのファールス地方(発見当時の地名はパールサ地方)で発見された壮大な遺跡は、石像やレリーフとともに、内容の豊富さと、高度な技術力を現代に伝えています。

歴史にはじめて「ペルセポリス」の名が登場したのは、古代ギリシアの歴史家・クレイタルコスの著書である“アレクサンドロス伝”であり、後世の学者たちに引用されることが多かったため、アケメネス朝の王都として、「ペルセポリス」という名が広く知られるようになりました。

当時のペルセポリスは、祭礼を執り行う場であり、王の権力が神から与えられたものであることを確かめる聖域でもありました。

天文観測所としての機能も持ち、暦の制定という重要な役割もはたしていたと考えられています。

現在では廃墟となったペルセポリスですが、強大な勢力を誇った大帝国・ペルシアを彷彿とさせる遺跡が数多くのこされています。

数々の民族を迎え入れたであろう「万国の門」、あらゆる民族がここに集い、貢物と共にペルシア王への謁見を求めた「謁見の間」のほか、石柱や大広間跡、レリーフで装飾された宮殿群など、古代オリエント文明の頂点をきわめた姿が遺されています。

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世界遺産写真家 富井義夫 /フォトギャラリー・ブログ・カレンダー・写真集
海外取材歴202回/116の国と地域を旅する。世界遺産サイト432箇所歴訪。(2011年12月現在)作品数、内容ともに日本を代表する世界遺産写真家・富井義夫の公式ホームページ。週刊「世界遺産×富井義夫」に加え、多数のフォトギャラリーをご覧 ...